展覧会闊歩1 「若木くるみの制作道場 走れお前」 坂本善三美術館

 

▪️はじめに
 先日、福岡県立美術館の美術館レター『TOP LIGHT』101号が発行されました。美術館からみなさんへのお手紙として、101号からはデザイン新たにリニューアルしました。本美術館他で配布しておりますのでぜひお手にとってみてください。

さて、突然始まった「展覧会闊歩」については、当初TOP LIGHT用の記事として書いていた原稿が紙面におさまりきらない分量になってしまったために、文章の続きをケンビブログに掲載しようということからはじまりました。シリーズ化をめざすべくさまざまな展覧会について自由に述べる場にしていきたいと思っております。初回は岡部(学芸課)が担当します。

 

▪️展覧会闊歩1 「若木くるみの制作道場 走れお前」 坂本善三美術館

 梅雨入り直前の6月中旬、阿蘇郡小国にある坂本善三美術館を訪れた。京都在住の作家 若木くるみが3日間限定(6/12-14閉幕)で公開制作を行うと知り、気もそぞろに向かった。山深くゆくバスに揺られること3時間。美術館に着くとなにやら騒がしい。会場に足を踏み入れると女性の走る息遣いがスピーカーから響き渡る中、一人の女性スタッフが携帯電話を片手に地図に印をつけている。壁にはゴールに歓喜するランナーたちの姿が描かれたドローイングの他、映像、オブジェ、テキストが並ぶが、肝心の作家本人は見当たらない。聞くと美術館という鑑賞の場に我々を残して、当の本人は美術館を飛び出し小国の町中を懸命に走っているというのだ。「作家に会えるに違いない!」という我々の淡い期待をすり抜けていったかのように。

 同美術館では過去2回「若木くるみの制作道場」と題した展覧会を開催した。美術館を道場に見立てて、若木が1ヶ月間、1日1作品を制作し発表するというもの。小国の町で調達できるもので制作するという約束事から地域の人々との交流がおこり、いつしか若木は美術館の名物作家の一人になっていったという。

  3回目を迎えた今年は、ウルトラ級のマラソン大会にも出場する若木が3日間の開館時間中、美術館を起点に小国の町を走るというもの。美術館には、床に広げられた小国の地図が目に付く。ふとギリシャはスパルタスロンのガイドブックが目に入り、壁には「強い精神」を養いたいといった内容のテキストが掲げられている。映像では画面の中で号泣する若木が時折映る。どうやらスパルタカスのウルトラ・マラソンを途中棄権した苦い経験から強い精神を養いたいという思いが募っていたようだ。会場に響き渡る息遣いの主はもちろん若木本人。会場と若木はIP電話(時には動画)で繋がっており、実際に話しかけてみたのだが、すでに三日目を迎えているにもかかわらず疲れを感じさせない話し声から肉体の強靭さを伺い知ることができた。会場では、来場者が特製サイコロを降るたびに走行距離が延長され、地の利のある学芸員が電話で道のりを指示する。GPSを駆使して若木の現在地を割り出し、床に広げられた地図にルートとフラグがたてられていく。現在は、どうやら小国の山挟にいるようだ。

 さて、美術館を訪れた人々は、会場では若木に会うことができないという現実を知ると徒然なるままに地図に目をやり、彼女の現在地が少しずつ進んでいくのを見守る。電話口から「ぜーぜー」と息遣いや、時折道が分からず慌てる若木の声、道行く人々との交流も聞こえてくる。疾走する彼女の姿やその風景に想いを馳せ、それぞれイメージを膨らませる。目の前では淡々と地図の現在地がすすむだけにもかかわらず、目の前に広がる地図とそれぞれの頭のなかに浮かぶイメージをもってこの作品を鑑賞する。まるで高揚感を抱いていた。むしろ作家不在の状況は、来場者の積極的かつ自発的な鑑賞を促していた。

  ある人は美術館を後にする。その中には落胆して帰る人もいただろうし、はたまた車を走らせ若木に会いに行った人もいるだろう。またある人は美術館に留まり、学芸員や居合わせた人たちとの会話を楽しみながら若木の帰りを待つ。会場の展示物のみならず、電話を介した人々との会話、息遣いは、この作品を形作るために必要不可欠な要素として提示され、気づけば鑑賞者までもが思いがけずこの作品を構成する一要素となり、作品制作の伴走者となった。

 公開制作といえば作家に会えるということを楽しみに来場する人々も多いだろう。しかし、若木自身が走り続けることで展覧会は美術館の中だけで完結してしまうことなく、美術館はあくまでこの展覧会のひとつのクライマックスを担う場としてのみ存在し、小国の町全体が本展の舞台となっていた。閉館間際まで滞在したこともあり若木が走る姿を一瞬だけ目にすることができた。それは頭の中にあったイメージと実像が結びつく瞬間であり喜びであった。

 坂本善三美術館は、今年開館20周年を迎え「坂本善三美術館お蔵出し」と題した記念展覧会を開催している。展示に加えて全所蔵作品の公開作品点検が一点一点行い、坂本善三の作品を中心に形成された約1300点のコレクションの全貌を見ることができる貴重な展覧会。先出展覧会は本展の関連企画で秋まで引き続き若手作家の滞在制作を予定している。緑深まる季節にぜひ足を運ばれたい。

今回の展覧会の様子はこちら
https://twitter.com/zenzo_sakamoto

坂本善三美術館
熊本県阿蘇郡小国町黒渕2877
http://www.sakamotozenzo.com

text: 岡部るい

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