田崎廣助「朝顔」「阿蘇山」

田崎廣助(1898−1984)は、福岡県八女郡北山村(現・八女市立花町)に生まれた洋画家です。美しい自然のなかで豊かな感性を育み、幼い頃から絵を描くことを好んだ田崎は、やがて青木繁や坂本繁二郎など郷里の先輩の活躍に感銘を受け、画家を志して上京。当時の洋画壇を牽引していた安井曾太郎に師事して、二科会や一水会で活動します。

田崎廣助「朝顔」福岡県立美術館-1

田崎廣助「朝顔(あさがお)」1929(昭和4)年、第16回二科展、油彩・画布 86.8×79.1、
福岡県立美術館蔵

戦前期においては、松と朝顔を主題に多くの制作をしています。朝顔の花と葉とがボリューム感あふれる筆致と色彩とで捉えられた本作は、その最初期の作例。古来より数多くの和歌に詠まれた朝顔は、花鳥画の題材としてもしばしば描かれる、日本の伝統的な絵画の主題のひとつでした。フランス留学を通して西洋の物真似ではない「東洋の心」を自覚した田崎が、その後も松と朝顔をくり返し描いたのは、西洋画の伝統と技法を咀嚼したうえで、日本的油絵を探求したいという意志の表れであったと解釈できます。

田崎廣助「Mt.ASO」福岡県立美術館-1

田崎廣助「阿蘇山(あそさん)」 年代不詳、油彩・画布 65.0×91.2、福岡県立美術館蔵

また、田崎の名を画壇においてほしいままにしたのは一連の山岳風景画でした。「阿蘇の画家」というニックネームで呼ばれるほど、熊本県の阿蘇山をテーマに多くの作品を手掛けた田崎。簡潔なフォルムと明快な色彩からなる彼の山岳風景画は、大自然の雄大さや神秘が見事に捉えられた格調高さを備えています。阿蘇の他にも、桜島、由布岳、富士山、浅間山など、日本各地の山と向き合い、優れた作品を残しました。このような山岳風景画を通して日本洋画界の重鎮として大成した彼は、昭和50年に文化勲章を受章しました。

本年は、田崎が亡くなって30年に当たる節目の年です。それに際し、2014年1月11日より、筑後船小屋の九州芸文館において「没後30年 田崎廣助―巨匠八女より出づる」という回顧展が開催されます。彼の自然観をはぐくんだ郷里の風土の中で、田崎芸術の真髄を味わうまたとない機会となりますので、ぜひともお出かけください。(高山)

 

田崎廣助 巨匠、八女より出づる  会期:2014年1月11日~2月23日

九州芸文館/〒833-0015 福岡県筑後市大字津島1131

 

田崎廣助展についての情報はこちら

http://www.pref.fukuoka.lg.jp/f17/tasakiten.html

http://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/83/83760_16818247_misc.pdf (パンフレットPDF)

九州芸文館についての情報はこちら

http://www.kyushu-geibun.jp/