井上三綱「駆ける」

井上三綱「駆ける」1955年、水彩(混合技法)・紙、福岡県立美術館蔵

井上三綱「駆ける」1955年、水彩(混合技法)・紙、福岡県立美術館蔵

 躍動的に交錯する線が印象的な作品があります。題名は《駆ける》。福岡県八女郡(現・筑後市)出身の井上三綱(いのうえ・さんこう 18991981)の作品です。同郷の大家、青木繁や坂本繁二郎から強い影響を受けながら、日本人としていかなる洋画を描くべきかと考えた井上は、戦後は油彩のかわりに胡粉やべんがら、墨、岩絵具などを自由自在に用いた混合技法を編みだします。また絵の表面を削ったり掻き落としたり、拓本やコラージュ、石膏を用いることも。その独特のマチエールと、リズミカルで躍動感に溢れた線描からなる味わい深さをたたえた作品は、独自の境地にあります。

 彼は書や古代絵画、能、古典文学、和歌、禅、宗教などを研究して東洋の芸術への思索を重ね、自らの絵画へと昇華させました。また胡粉や岩絵具など、日本画の画材を使いながら、「伝統を濾過した抽象画」と評される独自の作風を確立した井上は、イサム・ノグチを初め海外でも高く評価されます。「井上三綱は片足を東洋に、片足を西洋に踏まえて悠然と立っている」というアメリカ人評論家の言葉は、その真髄を的確に言い当てています。

 自らの芸術について「クラシックな方法でモダンな感覚を出す」という言葉で言い表していた井上。古きものに学び、咀嚼しながら、新らしきものを創り出すことは、近代日本の洋画家に共通する課題でした。画面を疾走するのは、彼が好んで描いた牛。洋画から出発しながらも、既存のジャンルに捉われることなく独自の絵画を追求した井上が、超然と戦後の美術界を駆けぬけた姿にも重なってみえます。(高山)

 

 

 

井上三綱  いのうえ・さんこう/明治32年(1899)~昭和56年(1981)

福岡県八女郡に生まれる。大正8年小倉師範学校卒業後、各地の尋常高等小学校で教鞭をとる。同15年帝展に初入選。この頃から坂本繁二郎に師事する。昭和5年頃から日本画、書、彫刻にも取り組む。同25年から国画会展に出品を重ねたが、同35年同会会員を辞し画壇を離れる。コラージュ、フロッタージュを併用した独特のマチエールで、日本や中国の故事、文学をモチーフにした屏風装の大作を数多く描いた。

*本作は、九州芸文館で開催される展覧会「福岡県立美術館コレクション展 うつろうかたち とけあうことば」(4月26日~6月1日、前期展示)にてご覧いただけます。