中村研一「サイゴンの夢」

11)中村研一「サイゴンの夢」福岡県立美術館

中村研一「サイゴンの夢」昭和22年、第3回日展、福岡県立美術館蔵

ベトナムの民族衣装であるアオザイを身にまとい、片膝を立てて椅子に座る女性を描く本作は、福岡県宗像市出身の洋画家・中村研一(1895~1967)によるもの。モデルとなったのは彼の愛妻・富子。女性の口元や手元、爪先に差された赤色の化粧や、彼女が座るカンチレバーのスチール椅子が作り出す軽やかな曲線が印象的です。またアオザイの淡い紫色と白色、荒く大胆なタッチで描かれた緑色の庭、そして画面に満ちた明るい光は爽快で闊達な画面を作り出し、女性を引き立てています。

中村研一は官展の重鎮として活躍した作家で、正確なデッサンと力強い筆致で画面を造形的に構築する、格調高い写実的な作風が当時の画壇においても高く評価されていました。第11回帝展で帝国美術院賞を受賞し、注目を集めた《弟妹集ふ》(昭和5年)をはじめ、当時のモダンな都市風俗や文化を主題とする大画面による人物群像を次々と発表し、官展アカデミズムの重鎮として活躍しました。戦時中には、藤田嗣治に比肩する従軍画家として《コタ・バル》(昭和17年、東京国立近代美術館無期限貸与)などの「戦争画」を描いたことでも知られています。

戦後の出発点とも言える本作は、1972年に福岡県文化会館で開催された「中村研一遺作展」の図録の表紙にも使われた代表作であり、展覧会を契機に当館所蔵品となりました。逆光に照らされ、まっすぐにこちらを見つめる強い眼差しは、戦後の再出発への意志のあらわれでしょうか。人物画なら誰にも負けないという確たる自信を持っていた中村研一の、強いプライドが透けて見えるような作品です。(高山百合)