現存する最大の大きさを誇る本作は、ある会社のクラブハウスの壁を飾る作品として描かれた。取材地は新宿御苑といわれている。濃厚な色彩で描かれた森や水面が画面を広く覆うなかで、睡蓮の花の白さがきわめて印象的である。しかもその花弁ひとつひとつが克明に描かれ、さらにそれが近景のみならず、中景の花にまで及んでいる。池畔の草木も同様に細密に描き込まれていて、いわば微細な部分が積み重なってこの絵は構成されている。彼はたびたび「慈悲」という言葉を口にしたと言われているが、この絵のように、対象の細部にまで等しく眼差しを注ぎ、筆を届かせようとする態度こそが、彼の語る慈悲であった。この慈悲なる眼と筆によって描かれた本作は、個々の部分においてリアルであるにも関わらず、画面からはわずかな風の動きも音も感じられず、まるで白昼夢のような神秘的な雰囲気をたたえている。実在の場所を参照しながらも、彼の表現がおのずと作り出した世界であると言うべきだろう。
(M.N)