福岡県立美術館
Fukuoka Prefectural Museum of Art
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コレクション展Ⅱ「特集1 古川吉重の抽象」「特集2 ようこそedukenbiへ!」会場風景をご紹介します【3】

明日、6月22日からコレクション展Ⅱもいよいよオープンです。本日は「特集1 古川吉重の抽象」の最後のコーナーの展示の様子をご紹介いたします。

前回のまでの内容はこちらをご確認ください→ 「コレクション展Ⅱ「特集1 古川吉重の抽象」「特集2 ようこそedukenbiへ!」会場風景をご紹介します【1】」「コレクション展Ⅱ「特集1 古川吉重の抽象」「特集2 ようこそedukenbiへ!」会場風景をご紹介します【2】」

古川吉重は、油絵などカンヴァスを支持体とする大ぶりの作品を中心に手がけましたが、同時に、ドローイングやリトグラフなどのペーパーワークにおいても魅力的な作品を数多く残しました。
特にグラファイトや鉛筆、オイルスティックなどを用いた黒のドローイングは、1970年代、古川がまだゴムシートとカンヴァスの作品に取り組んでいたころから始まり、色彩に回帰して以降も何百と描き続けられました。彼とってドローイングが画業の一つの柱であったことをうかがわせます。
一方で、リトグラフは1997年になってはじめて挑戦したようです。丁度、ワシントン・ナショナル空港の新ターミナル・ビルに設置する作品の制作者として選ばれた年でもあり、古川の円熟期の作品世界が紙の上に見事に展開されています。

「SOUND」は1997年に制作されたリトグラフ(石版画)のシリーズです。10点の作品が、それぞれ色を変え、形を変えて、リズミカルに展開されています。刷りは専門の工房によるものですが、複雑な地の上に浮かぶカラフルで表情豊かな幾何学的形態の「図」という古川の油彩画の特徴が巧みに版画のなかに落とし込まれています。

古川吉重《SOUND-1》1997年、当館蔵


古川吉重《SOUND-3》1997年、当館蔵

制作年の1997年はワシントン・ナショナル空港の新ターミナル・ビルがオープンした年でもあります。シーザー・ペリの設計によるこのビルには、フランク・ステラやソル・ルウィットをはじめとした30人の現代美術家の作品が組み込まれたのですが、そのなかの1人に古川も選ばれました。
古川は新ターミナル・ビルの作品に「自然による変奏曲」というタイトルを付けています。色と形が響き合う世界を、当時の古川が求めており、その結実が新ターミナル・ビルの作品であり、「SOUND」シリーズであったことがうかがえます。

いつもは150号大の油彩ばかりを描いているので、版画と言う異なった仕事には、不安と同時にチャレンジする面白さを経験する。ニューヨークで専門の工房に通い、いくつもの版に描いては削り、それが重なって色に輝きを増すのは新鮮な驚きであり、一つのイメージが何枚も出来上がって行くのは不思議な気がした。
さて、作品つくりは、例えば音楽家がシンフォニーを作曲して行く道程に似ているのではないだろうか。一つの発想の中で色彩が錯綜し、その空間に生まれたフォルムが互いに噛み合って行く。それぞれの色彩の持つ性格と有機的につながる形は、その置かれる位置、お大きさ、方向などによって表情を変える。そんな中で全体を操作しながら厚みのある画面を作っていきたい。
見上げる木には陽の光を通して、散りばめらえたような緑の葉が。海の中に目を凝らし、白雲の浮かぶ空を眺めては、果てしない深いものを感じる。石や金属で出来た都会の冷たい建築群の中でさえ、思いがけない線やスペースが潜んでいるのを発見する。

「古川吉重リトグラフ展」(佐賀新聞文化センター、1997年)リーフレットより一部抜粋
古川吉重《B-55》1980年、当館蔵

ーードローイングを、作品を作るようにやってみよう。……
-ーだから、ドローイング作品のためのデッサン、下絵がたくさんあるわけ。……
ーーペインティングであれドローイングであれ僕は同じことをしている。……
ーーできたものはきれいだけど、できる課程に興味がある。……
ーー建築を見ていると、もちろん建築は面白い。でもできあがる過程を見ていると、もっとおもしろい。完成する前は、もっとおもしろいですよ。……

「古川吉重のドローイング」(福岡市美術館常設展示室、1981年)リーフレットより一部抜粋

古川の絶筆とされる作品もまたペーパーワークでした。
2000年代半ばになると、古川の油彩の大作から「図」が消え、茫漠たる色彩が広がるようになります。2003年頃、古川は次のように記しています。「じっと見ているうちに何かが浮かんでくる。今まであったものが一つの空間の中に溶け込んでいく。激しい自己主張の多い中で消されそうになりながら、じっと動かぬ強さが欲しい」。絶筆の向こう側に広がる溶け合う世界に古川は何を見たのでしょうか。

物だけあっても、それを動かすハートがなくっちゃ、生きて動いてはこない。
そうとわかれば、すべてを忘れ、あんまりこせこせ考えすぎないで、やってみる事ではないか。
たとえ、家の中が火の車になっていても、そんな事なぞ人には見せず、出来ることなら、太っちょの葉巻のようなブリンプル、ニューヨークの空を飛ぶ小型飛行船のように、のんびり浮んでみたい。 そのうちには、いい事だって起ってくるさ。
あの、きりぎりすは鳴いているだけで、冬に向う何の仕度もしないと話に聞かされている。いいじゃないか、自分のやりたい事をやっているのだから。鳴けなくなってお金が残ったって、どうなるものじゃない。
ともあれ、このボロ船は、行先の事になると、何ともはっきりしないのだが、少しぐらいの嵐に出合っても、未だ座礁も沈没しないでいる。

もともと、絵を描いたりしているのは、自分にないものを探そうとして、くり返している一つの精神的な作業のようなものではなかろうか。 人気のない暗いホームを荷物を満載した黒っぽい貨車の列が、重い音を立てて、走り去って行く。 街の道路を、キャタピラの地響きを立てながら、何台もの戦車が通りすぎて行く。二十代に聞いた音は、今、ニューヨークで耳にする工事現場の激しいドリルの音、長い鉄柱を打ち込む、圧さく空気、 ピストンの音と重って、体に伝ってくる事がある。
打ちっぱなしのンクリートや、部厚い鉄材などを触るように見、直立するように高く出来上ったビルの石やガラスの反応する街の中を歩いて、陽の光が、建物や道路の一部分にくっきりと深い影を 作ってしまうのを見て通る。
描いている時には、いつの間にか、これでもか、これでもかと、自分に向って叫んでいる事が多いように思う。何とかして強くありたいと言う事だけが念願のようでもある。

古川吉重「風まかせ(スケッチ風の自画像)」『裏窓ニューヨーク』(1986年)より一部抜粋

コレクション展Ⅱ「特集1 古川吉重の抽象」「特集2 ようこそedukenbiへ!」会場風景をご紹介します【2】

福岡でも緊急事態宣言が解除される見込みとなり、22日からコレクション展Ⅱもオープンできそうですが、この週末はまだ閉室中です。先日にひきつづき、コレクション展Ⅱの展示の様子をご紹介いたします。

前回の内容はこちらをご確認ください→ 「コレクション展Ⅱ「特集1 古川吉重の抽象」「特集2 ようこそedukenbiへ!」会場風景をご紹介します【1】」

1963年、渡米した古川吉重は、当初のヨーロッパ周遊の予定を変え、アメリカで生きていくことを決意します。予定外の生活は、レストランや土産物屋など職を転々とするなど、なかなか苦しかったようです。しかし、ニューヨークのアートシーンの新しい潮流に触れた古川は、そのような生活にあっても、これまでとがらりと作風を変えた作品に意欲的に取り組んでいきます。
この時期に古川が取り組んだものの一つに黒いゴムシートと下地が施されていない素のカンヴァスを貼りあわせた作品群があります。1967年の帰国展で展示されたそれらゴムシートの作品は日本で高く評価されました。
古川はそれらの作品を「西日本新聞」(1977年3月2日付)への寄稿で以下のように振り返っています。

「ともあれ私もいつの間にか、ニューヨークに住み着いて長くなってしまった。こんな状況の中で自分というものが少しでも変っていったのだろうか。街のビルが高ければ高いほど、その影は濃い。いつも通るダウンタウンの道は空きびんや屑が散らかっている。片すみで見かけたうす汚れたゴムは、そのありようも素材も忘れられないものがあった。ペイントをする必要もないまま、それをつなぎわせているのが、今の私の一連の作品である。」

しかし、1970年代末から古川は次第に油彩画への回帰を試みます。黒と白の油彩画から、次第に中間色が入り、そして色彩が再び戻ってきます。

古川吉重《無題》1980年、当館蔵


古川吉重《F-2》1986年、当館蔵

色彩、そして油彩画へと回帰した古川が生み出したのは、いくつもの色が塗り重ねられた「地」に、原色に近いはっきりとした色の幾何学的な形の「図」の組み合わせ。マチエール(質感)の対比もあって、カラフルな図形が色彩の中にぷかりと浮いているようにも見えます。地と図が対比された古川を代表する作風がこのとき成立したのです。

古川吉重《L10-2》1992年、当館蔵


古川吉重《L10-4》1991年、当館蔵

古川吉重《L14-2》1993年、当館蔵

描いては消し、消しては塗り込めていくうちに、初めのうち頭の中にあった何かは、いつの間にか消え失せていく。外に出て道を歩きながら、繰り返し何度も確かめた筈のものが、手を動かす作業の中で消滅していくのは何故だろう。「イワシの頭も信心から」とい う言葉の通り、本来何も無いのではないか。描き、塗るというフィジカルな行為そのものが本質ではなかろ うか、と思う。ペインティングという言葉の ing ばか りが気にかかる。それでも作業の終わりに近づき、こ れでよいと止めた後、次の日をみて愕然とする事があ る。折角置いた形が、その位置が、嘘のように色褪せ る。消費した無駄な時間、加えて馬鹿にならない材料費――。 

結局人は、いやぼくは、はっきりとしたゴールを見 いだせないまま、時を過ごしているにすぎないのであ ろうか、と思いながらも、平面の上に何度も色を塗っ ていく今の仕事は、長い年月の中で積み重ねられてい く、質や色の違った地層に似ていると感じることがあ る。傷ついた車体の修復塗装のように、何回も異なっ た色を重ねた後のグレイと、一色のグレイは同じでは ない、人の手によりながらも意識を離れて自然に出来 ていくのが望ましい。 

ピザの生国をアジアだと思う人がいないように、ぼくの作品のルーツをイタリーだとは考えにくいだろう。 外国での滞在が長くなるにつれて、根無し草のように 浮遊しているだけかも知れないが、今も発生した所の 匂いは消えず、むしろそこに強い引力を感じながら、 いつまでも漂っているような気がするのだ。

古川吉重「ペインティング」『国立国際美術館月報』第15号(1993年)より一部抜粋

 

そして、1997年にはワシントン・ナショナル空港の新ターミナルビルのパブリックアートの制作者の1人として選ばれることになります。

続きは<コレクション展Ⅱ「特集1 古川吉重の抽象」「特集2 ようこそedukenbiへ!」会場風景をご紹介します【3】>で。しばらくお待ちください。

コレクション展Ⅱ「特集1 古川吉重の抽象」「特集2 ようこそedukenbiへ!」会場風景をご紹介します【1】

緊急事態宣言の延長でコレクション展Ⅱのオープンは延期されることになりました。しかし、オープンの予定は6月22日(火)とまだまだ先。せっかくなので開幕までに会場風景や展示作品を少しずつご紹介したいと思います。

展覧会の内容についてはこちらのページもご覧ください。→コレクション展Ⅱ 特集1:古川吉重の抽象 特集2:ようこそedukenbiへ!

第一弾として会場風景をちょっとだけお見せします。

最初のコーナーは「特集1 古川吉重の抽象」の冒頭となります。古川が渡米する前に、日本で描いていた作品をご紹介していきます。

古川吉重は、1921年、福岡市大江町(現・中央区大手門)に生まれました。幼いころから絵を好んだ古川は、福岡県中学修猷館(現・県立修猷館高等学校)を卒業した後に、東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学、南薫造教室で油彩画を学びました。そして、1943年に繰上卒業します。すべてが戦争に駆り立てられていた時代でした。

戦後、福岡に戻った古川は、教員生活の傍ら、独立美術協会展などに出品、入選を重ねます。1949年独立賞を受賞します。その後も読売アンデパンダン展への出品や個展、グループ展の開催など精力的に活動を続けて行きました。

古川吉重《基礎》1954年、当館蔵

実家が空襲で全焼したため、戦前の古川の作品はほとんど現存していません。戦後、独立美術協会の独立賞を受賞したころは、フォービスム(野獣派)やセザンヌの影響を感じさせる画風で人物画や風景画などを描いていたようです。
しかし、次第に、直線や幾何学的形象が目立つキュビスム(立体派)風の手法で、労働者や機械などをテーマとした絵画を描くようになります。「私はこれから始まる現代的なドラマを表現していきたい」と古川は記しています。《基礎》はこの時期の作品です。展評を読むと独立美術協会の新風として評価されていたことがうかがえます。そして、しばらくすると、キュビスム風の作品から、人や機械など具体的なモチーフが無くなり、主眼が色彩や構成、それが生みだすダイナミズムに移っていきます。

古川吉重《向進》1956年、当館蔵

「昨年まで描いていた働く人々の姿や、鉄骨の中から説明的なものがなくなり、だんだん人々の心理的 な状態や、機械類の力学的な躍動に変わって來ました。
この他に「結集」「滲透」と二点 描きましたが、この作品も思考や 感情の動きが一つの社会現象となってゆくのを想いながら組み立てま した。
人や機械の小さいながらも活カ に充ちた力が、いつの間にか寄り集まって来て円形を形づくり、目的に向って次第に距離を縮めています。共通の意志を持った生きもの達が抵抗を除きながら、何度失敗しても建設的な行動をつづけます。 人や機械のうごめきが、鮮やかな円筒形をした手の尖端となって、 左方画面外の中心に大きく円形をなして迫って行くように構成しました。
余りに生まじめな内容は、造形操作の上でも、性急で単調になるのではないかと、幾分不安に思っています。
(古川吉重「向進」『美術手帖』第118号、1956年)

 

1963年、古川吉重はニューヨークで開催された世界美術家会議にオブザーバーとして参加します。古川の当初の計画は、アメリカを経て、ヨーロッパを周遊しようというものでした。日本橋画廊(ニューヨーク)で個展を開き、その売り上げを元手にしようとしていたのですが、上手くいかず、残されたのは帰りの航空券のみ。そして、古川はその航空券を現金に変え、ニューヨークで生きていく決意をします。

レストランや土産物屋など職を転々とする生活は苦しかったようですが、ニューヨークのアートシーンの新しい潮流に触れた古川は、これまでとがらりと作風を変えた作品に意欲的に取り組んでいきます。

古川吉重《無題》1971年、当館蔵

 渡米後、古川は明快な色彩とシンプルな形態を組み合わせた絵画やカンヴァス(画布)に規則的に穴をあけた作品、あるいはカンヴァスを貼りあわせた作品など、様々な作風の作品をつぎつぎと手がけていきます。《無題》(1971年)はこの時期に作品で、明るい黄色と青に色が塗られたカンヴァスが貼りあわせられた作品です。真ん中の黒のドットは実はカンヴァスに穴があけられて表現されています

カンバスの上に、カンバスを切って貼りつける。アメリカの水性速乾性の糊は、使いやすくて強い。 買ってきた動力で、アクリル塗料のスプレーをかける。わずかな表面のでこぼこに、自然の濃淡が出来ていく。夢中になって作った絵を並べたのは、ウェストベスの画廊だった。
ある日、花房壽夫さんが連れてきたケンドウさんは、それを見て、自分の大学で展示する計画をしてくれたが、そのころの仕事は、とめどなく変わっていった。一年たって、ペース大学でショーをすることになった作品は、カンバスの布地だけをつなぎ合わせたものだった。彼はそれもまた、よく理解をしてくれた。
(古川吉重『裏窓ニューヨーク』(1986年)より一部抜粋)

古川が取り組んだものの一つに黒いゴムシートと下地が施されていない素のカンヴァスを貼りあわせた作品群があります。1967年の帰国展で展示されたそれらゴムシートの作品は日本で高く評価されました。

ゴムとカンヴァスの作品を残念ながら当館は所蔵しておらず、今回は展示しておりませんが、埼玉県立近代美術館さんのMOMASコレクション第4期(2017年)の「特集:古川吉重」会場風景記録で見ることができます。https://www.facebook.com/watch/?v=767777013398601

しかし、1970年代末から古川は次第に油彩画への回帰を試みます。黒と白の油彩画から、次第に中間色が入り、そして色彩が再び戻ってきます。

古川吉重《L10-4》1991年、当館蔵

続きは<コレクション展Ⅱ「特集1 古川吉重の抽象」「特集2 ようこそedukenbiへ!」会場風景をご紹介します【2】>で。しばらくお待ちください。

「森のフロッタージュ」に参加してみませんか?

コレクション展Ⅱ関連イベント〈スザキの森のアートピクニック〉の「森のフロッタージュ」は期間中(6/1~6/27)はいつでも誰でも、ふらっと美術館に立ち寄って参加できます。

フロッタージュとは凹凸のあるものの上に紙を置いて、鉛筆などでこするように描くことで、ものの凹凸や形状を写し取る技法のことです。マックス・エルンストなどシュールレアリストの作家が好んだ技法としても知られています。 (参考:ポーラ美術館さんのフロッタージュの解説動画など)

須崎公園の葉っぱや木やベンチや道の凸凹を写し取ってみましょう。

「森のフロッタージュ」の参加のしかた

美術館の入り口にある森の木ポストには、参加者が自由にとっていけるように和紙とクレヨンが置いてあります。

和紙とクレヨンをとったら須崎公園を探索。

例えば木の根っこをフロッタージュ。

あるいは落ちていた葉っぱをフロッタージュ。

葉っぱは凸凹の少ないものの上にのせてこすり出しした方が葉っぱのかたちが出やすいです。

付箋に何をフロッタージュしたのか書いていただけるととてもうれしいです。※書かなくてもOK

最後に森の木ポストに投函。

投函していただいたフロッタージュは7月のオーギカナエさんの展覧会「森であいましょう」で作品の一部になります。なお、返却はできませんのでご了承ください。

そのほか詳しくはこちらもご参照ください。→〈スザキの森のアートピクニック〉

コレクション展Ⅱに関してはこちら。→福岡県立美術館コレクション展Ⅱ「特集1:古川吉重の抽象 」「特集2:ようこそedukenbiへ!」

〈スザキの森のアートピクニック〉開幕!

緊急事態宣言の延長でコレクション展Ⅱのオープンは延期されることになりましたが、関連イベント「〈スザキの森のアートピクニック〉森のフロッタージュ」は本日よりはじまっています。

今夏から工事のために閉ってしまう須崎公園をテーマに、コレクション展Ⅱ「特集2 ようこそedukenb iへ!」にも特別出品している現代美術アーティストのオーギカナエさんのワークショップ&展覧会〈スザキの森のアートピクニック〉を開催します。

まずはじめにスタートしたのは「森のフロッタージュ」。

須崎公園の木や葉っぱ、道やベンチなどの模様(もよう)を集めています。

葉っぱの上に紙をおき、上からクレヨンでぬっていくと模様(もよう)が写しとれます。
完成した紙は美術館に設置してあるポストへ!

※7月のオーギカナエさんの展覧会で作品の一部になります。なお、返却はできませんのでご了承ください。

紙やクレヨンは美術館でお渡ししています。

「森のフロッタージュ」に参加されるかたは、自由におとりください。

付箋にフロッタージュした場所を書いてもらえるとうれしいです!

期限は6月27日(日)まで!

そのほかの〈スザキの森のアートピクニック〉のイベントについてはコチラをチェック→

コレクション展Ⅱ関連企画 夏のワークショップ&展覧会
〈スザキの森のアートピクニック〉

【コレクション展Ⅰ 宝物のような日常】展(終了)の会場風景をホームページ上で公開します 【1】

 令和3年度コレクション展Ⅰ「宝物のような日常」展は、5月23日(日)までの開催予定でしたが、緊急事態宣言を受けて5月11日(火)をもって閉幕しました。展覧会記録として会場風景写真をホームページ上で公開します。

第1章 いつもそこにあるもの
正面の壁面左から坂本繁二郎《能面》1955、中村琢二《小犬と女》1968、児島善三郎《静物》1949、すべて当館蔵

【コレクション展Ⅰ 宝物のような日常】展(終了)【2】に続きます。

今週のけんび(2021/3/23~3/28)

今週から当館ホームページがリニューアルしました。
いつでもどこでも当館の美術品を楽しむことのできるWebページ「どこでもケンビ」の2つのコンテンツ、「福岡県立バーチャル美術館」と「edukenbi(えでゅけんび)」が来週から本格稼働するのに合わせてのリニューアルです。掲載情報も一部更新していますので、ぜひホームページ内を探索してお楽しみください。

今週の福岡県立美術館は、
4階展示室では「コレクション展Ⅰ 宝物のような日常」(~5月23日(日))が開幕し、当館の所蔵作品から絵画や彫刻、写真など約60点を展示しています。
本展では鑑賞の冊子「作品との対話」を配布しています。このコロナ禍で会場の中で「人」と感想を伝え合うことも難しい状況にありますが、今だからこそ、「作品」と対話しながら鑑賞をお楽しみいただければと思います。そのきっかけとなる言葉を集めた小冊子となりますので、ぜひ会場でお手に取ってみてください。

また、4階廊下の髙島野十郎特設コーナーでは一部展示替えを行い、6点を展示中です。《春の連峰》など、春らしい作品も登場しています。


今週の貸展示室で開催中の2つの展覧会を紹介します。
まず、1階展示室の「専門学校九州ビジュアルアーツ写真学科PhotoCollection2021」です。

専門学校九州ビジュアルアーツ写真学科の学生による写真展です。
それぞれがカメラをとおして見たもの・感じたことを、見せ方にもこだわって展示しています。

次に、3階展示室4の「自由課題 たなけん展Vol.6」です。

九州産業大学造形短期大学部の名誉教授、田邊幹夫さんとその生徒によるグループ展です。会場には、CGや油彩など、さまざまな技法を駆使して描かれた平面作品が並びます。




福岡県立美術館では、新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策に取り組みながら開館しております。
お客様には大変ご不便をおかけいたしますが、ご来館の際には取り組みへのご協力をよろしくお願いいたします。

今週のけんび(2021/3/16~3/21)

今週の福岡県立美術館は、
4階展示室が3月19日(金)まで展示替えのために休室しております。
3月20日(土・祝)からは、「コレクション展Ⅰ 宝物のような日常」(~5月23日(日))が開幕となりますので、どうぞお楽しみに。

また、4階廊下の髙島野十郎特設コーナーでは、《奈良薬師寺》、《蝋燭》など6点を展示中です。


今週の貸展示室は、
1階展示室、3階展示室1~3で「写真展 第2回「九州写真選手権」」(~3月21日(日))を開催中です。

主に県内の写真愛好家を対象とした写真公募展です。
会場には、ピュアフォト部門、アートフォト部門、風景写真部門の3部門に出品された写真作品が並びます。今回は日本写真家協会会員の江口誠さん、四宮佑次さんを審査員に迎え、応募作品からグランプリ、3部門の大賞、優秀賞、入選作品などが選出されています。




福岡県立美術館では、新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策に取り組みながら開館しております。
お客様には大変ご不便をおかけいたしますが、ご来館の際には取り組みへのご協力をよろしくお願いいたします。

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