野十郎の自画像は現在のところ本作を含めて4点だけが知られている。それらは20歳代半ばから30歳代前半頃に描かれたもので、彼の若き日の姿をうかがい知ることができる。いずれもきわめて個性的な表情を見せているが、33歳のときに描かれた本作には、他の作品にも増して謎めいた趣がある。袈裟を着てリンゴを一個右手で掲げ、左手は印を結ぶような仕草をしている。とても画家の自画像とは思えない突飛な姿だが、彼は長兄の宇朗の影響を受けて仏教に強い関心を抱いたと言われている。リンゴは本作以前から彼が好んで描いた対象である。推察するならば仏教的なるものと、絵を暗示するリンゴが登場するこの自画像は、絵を描くことは仏の教えに沿うのだと、語っているように思える。そして鋭い眼差しを放つ野心に満ちたその表情は、絵と仏との間に道を拓く困難を、20世紀という時代においてなお、自らに課そうとする彼の強い決意を物語っているのではないだろうか。
(M.N)