春という題名がついているとはいえ、大樹は冬の姿のままである。しかし画面左右の桜の花が満開の時を迎えている。地面には緑が広がり、もうすぐ春の翼はこの大樹にも暖かな風を吹き込むだろう。それを逃すまいとしているかのごとく、大樹の枝は画面を越えて広がっている。冬を経てようやく芽吹こうとする生命の息吹を本作は生々しく描いている。木という衣を着た生命の原型をみているような、そんな感じすらする不思議な魅力をもっている。本作のように、野十郎の写実は対象のたんなる再現を超えて、対象の生や存在の神秘へと見る者を誘う。
(M.N)