野十郎は、昭和36年に千葉県柏市の人里離れた田園のなかに移って以来、各地に旅に出かけるか、アトリエにあっては晴耕雨読ならぬ晴耕雨描ともいえるような生活を送っていた。さすがに82歳を超えてからは、足腰も弱り、体調を崩す日も多くなってきた。最晩年の昭和50年頃には、絵を描くこともままならず、天井から吊した縄を頼りにしなければ起きることも困難な状態になってしまった。身体の弱った彼を心配して、福岡県黒木町に住んでいた88歳の姉・スエノが彼のアトリエを訪ねてきた。その折に彼は本作のカンバス裏面に日付とサインを入れ、同行してきた姉の娘に手渡した。いわば本作は彼の絶筆となった作品である。周囲の木立が映り込んだ水面に、睡蓮の白い花が絶妙な間合いをとって描かれている。彼の絵は概して、画面を支配する中心的な対象がはっきりしているのが常なのだが、ここではどの花も葉も、映り込んだ影さえもが等しく絵の主人公となっている。そして画面を超えて、この池全体への広がりをも感じさせる。この絵の穏やかさと広がりは、まさに絶筆と呼ぶにふさわしい画趣を備えている。姉弟の最期の語らいから5ヶ月後、野十郎は千葉県野田市の老人ホームで生涯を終えたのであった。(M.N)
*本作は、当館4階にある高島野十郎特設コーナーで展示中です(2018年6月12日~8月下旬を予定)