福岡県立美術館
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【夏休みワークショップ】「紙」ざわめくチョウチョウの森

宝結

参考写真: 宝結さんによるインスタレーション

紙というのはざわめくもんだ
実にざわめくものだから
しぜんと耳に入ってくる
いつもざわめくのが紙なのさ。

紙がすこしでもあるならば
ざわめく音がきこえてくる
だから学者の先生も
なんでもないのにざわめいている。

『少年の魔法の角笛』(アヒム・フォン・アルニム、クレメンス・ブレンターノ編)の「書記の矜持」冒頭(ローター・ミュラー(三谷武司訳)『メディアとしての紙の文化史』81頁より引用)

 
 

福岡県立美術館恒例の夏休みワークショップ。今年は「紙、やどる形」展(10月10日〜11月23日)のプレイベントとして、「紙」がテーマのワークショップ「<紙>で作ろう言葉の標本箱!」を行います(企画協力:宝結[takaramusumi])。

<紙>で作ろう言葉の標本箱!
 7月28日(火)~8月6日(木) *ただし、月曜休館
 (1) 10:30~12:30 (2) 14:00~16:00 *1日2回、各回10名様まで(予約優先)
 【場所】 福岡県立美術館 1階 彫刻展示室  【材料費】 200円
 申し込み方法等詳細は「イベントに参加する」をご確認ください

 
 

「紙」。
人間の長い長い歴史のなかで、「紙」は人の営みと関わり続けてきました。
パピルスや羊皮紙、木簡にかわる、新しいメディアとして「紙」が登場するの紀元前2世紀のこと。
前漢時代の地図が書かれた紙が、現存する最古の紙だと言われています。
その後、蔡倫がその製法を改良すると、紙は記録用の媒体として一気に普及しました。

紙は、私たちの暮らしのなかで色々な役割を果たしていますが、
記録媒体としての機能はわけても重要なものでしょう。
時を越えて「言葉」を伝え続けることを可能にする物質としての「紙」。
文字という形で「紙」に宿ることで、「言葉」は時間的・地理的距離を越え、
共有され、集積されていくことになり、人の文化を飛躍的に発展させてました。

その「紙」の性質に注目したのが今回のワークショップです。
「紙」で作った標本箱に「言葉」を採収し
「紙に文字を記す」こととは違った方法で「紙」に「言葉」を宿していきます。

宝結さんによる試作品

宝結さんによる試作品

それでは「言葉」はどこから採収するのでしょうか?
もちろん、私たちの周りには色々な「言葉」が溢れています。
しかし、今回のワークショップでは「言葉」が「蝶」のかたちに化肉した
チョウチョウ―諜諜/蝶蝶-の森のなかで「言葉の蝶」をつかまえることを試みます。

言葉言葉と書いて「ちょうちょう」(諜諜)と読む言葉があります。
「諜諜」とは「よくしゃべるさま、口数が多いさま」を意味します。
「言葉がたくさんあふれているさま」と言い換えることもできるかもしれません。
「ちょうちょう」は「諜諜」であり、「喋喋」、そして「蝶蝶」。

今回のワークショップでは、紙を用いる造形作家の宝結さんに協力をお願いしました。
宝結さんにとって「言葉」と「蝶」は近しいものであるそうです。
それは、「言葉」(諜)と「虫葉」(蝶)の視覚的な相似(そして「テフ」という音の共通性)のためであるのですが、同時に、「バタフライエフェクト」(力学系の状態にわずかな変化を与えると、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象)のためでもあるのだと宝結さんは言います。
蝶のはばたきほどの小さな攪乱が遠くの気象に影響を与える可能性のように、
わずか発せられた言葉が時に大きな動きを作り上げるかもしれない。
そのように「言葉」がもつ可能性を蝶のはばたきと重ねてみているのです。

幾百の言葉の蝶が舞う諜諜の森。耳を澄ませると聞こえてくるざわめき。
それはほんの小さなものかもしれませんが、私たちの世界を大きく変える力も持っているのかもしれません。

ワークショップ作例(運営スタッフ作成)

ワークショップ作例(運営スタッフ作成)

ところで、冒頭に引用した民謡集『少年の魔法の角笛』所収の「書記の矜持」には「紙というものはざわめくもんだ」という一節があります。
この「ざわめき(Rauschen)」は「抑えきれない原初的な力の発露」であると『メディアとしての紙の文化史』の著者ローター・ミュラーは言います。
そして、この歌において「紙には他のものに強い作用をおよぼす力があるとされている」と指摘しつつ、紙のざわめきは学者の書斎に留まらず、「まだ紙が普及していない地域に届いた一枚のビラ」にもあるのだと述べます。
この民謡集には他に「織工の歌」もあり、そこにも紙のざわめきが登場します。

亜麻布がぼろぼろになって
旗じるしもなくなって
初めてほんとうの価値が生まれるのさ
紙のざわめきが聞こえるかい
紙のことばを印刷し
インクで文字を書き込んで
永遠(とわ)にもつのが織工のしごと
わけは知らぬがどえらいしごと

(『メディアとしての紙の文化史』84頁より引用)

 

紙が生まれる過程から(当時はボロ布から紙が作られていました)、
記憶媒体としての紙の機能、その永遠性への思いまで歌われている魅力的な詩です。

今回のワークショップでは「インクで文字を書き込」むわけではありませんが、
ざわめきに耳を澄ましながら、お気に入りの言葉を標本箱に捕まえて、
「永遠(とわ)にもつ」ことを試みます。
紙を作るとまではいかずとも「どえらいしごと」になるように。

ご興味があるかたは、ぜひ、福岡県立美術館のチョウチョウの森を覗きにきてみてください。(藤本)

 

 

 

 

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