2021年6月21日
明日、6月22日からコレクション展Ⅱもいよいよオープンです。本日は「特集1 古川吉重の抽象」の最後のコーナーの展示の様子をご紹介いたします。
前回のまでの内容はこちらをご確認ください→ 「コレクション展Ⅱ「特集1 古川吉重の抽象」「特集2 ようこそedukenbiへ!」会場風景をご紹介します【1】」、「コレクション展Ⅱ「特集1 古川吉重の抽象」「特集2 ようこそedukenbiへ!」会場風景をご紹介します【2】」
古川吉重は、油絵などカンヴァスを支持体とする大ぶりの作品を中心に手がけましたが、同時に、ドローイングやリトグラフなどのペーパーワークにおいても魅力的な作品を数多く残しました。
特にグラファイトや鉛筆、オイルスティックなどを用いた黒のドローイングは、1970年代、古川がまだゴムシートとカンヴァスの作品に取り組んでいたころから始まり、色彩に回帰して以降も何百と描き続けられました。彼とってドローイングが画業の一つの柱であったことをうかがわせます。
一方で、リトグラフは1997年になってはじめて挑戦したようです。丁度、ワシントン・ナショナル空港の新ターミナル・ビルに設置する作品の制作者として選ばれた年でもあり、古川の円熟期の作品世界が紙の上に見事に展開されています。
「SOUND」は1997年に制作されたリトグラフ(石版画)のシリーズです。10点の作品が、それぞれ色を変え、形を変えて、リズミカルに展開されています。刷りは専門の工房によるものですが、複雑な地の上に浮かぶカラフルで表情豊かな幾何学的形態の「図」という古川の油彩画の特徴が巧みに版画のなかに落とし込まれています。
制作年の1997年はワシントン・ナショナル空港の新ターミナル・ビルがオープンした年でもあります。シーザー・ペリの設計によるこのビルには、フランク・ステラやソル・ルウィットをはじめとした30人の現代美術家の作品が組み込まれたのですが、そのなかの1人に古川も選ばれました。
古川は新ターミナル・ビルの作品に「自然による変奏曲」というタイトルを付けています。色と形が響き合う世界を、当時の古川が求めており、その結実が新ターミナル・ビルの作品であり、「SOUND」シリーズであったことがうかがえます。
いつもは150号大の油彩ばかりを描いているので、版画と言う異なった仕事には、不安と同時にチャレンジする面白さを経験する。ニューヨークで専門の工房に通い、いくつもの版に描いては削り、それが重なって色に輝きを増すのは新鮮な驚きであり、一つのイメージが何枚も出来上がって行くのは不思議な気がした。
「古川吉重リトグラフ展」(佐賀新聞文化センター、1997年)リーフレットより一部抜粋
さて、作品つくりは、例えば音楽家がシンフォニーを作曲して行く道程に似ているのではないだろうか。一つの発想の中で色彩が錯綜し、その空間に生まれたフォルムが互いに噛み合って行く。それぞれの色彩の持つ性格と有機的につながる形は、その置かれる位置、お大きさ、方向などによって表情を変える。そんな中で全体を操作しながら厚みのある画面を作っていきたい。
見上げる木には陽の光を通して、散りばめらえたような緑の葉が。海の中に目を凝らし、白雲の浮かぶ空を眺めては、果てしない深いものを感じる。石や金属で出来た都会の冷たい建築群の中でさえ、思いがけない線やスペースが潜んでいるのを発見する。
ーードローイングを、作品を作るようにやってみよう。……
「古川吉重のドローイング」(福岡市美術館常設展示室、1981年)リーフレットより一部抜粋
-ーだから、ドローイング作品のためのデッサン、下絵がたくさんあるわけ。……
ーーペインティングであれドローイングであれ僕は同じことをしている。……
ーーできたものはきれいだけど、できる課程に興味がある。……
ーー建築を見ていると、もちろん建築は面白い。でもできあがる過程を見ていると、もっとおもしろい。完成する前は、もっとおもしろいですよ。……
古川の絶筆とされる作品もまたペーパーワークでした。
2000年代半ばになると、古川の油彩の大作から「図」が消え、茫漠たる色彩が広がるようになります。2003年頃、古川は次のように記しています。「じっと見ているうちに何かが浮かんでくる。今まであったものが一つの空間の中に溶け込んでいく。激しい自己主張の多い中で消されそうになりながら、じっと動かぬ強さが欲しい」。絶筆の向こう側に広がる溶け合う世界に古川は何を見たのでしょうか。
物だけあっても、それを動かすハートがなくっちゃ、生きて動いてはこない。
そうとわかれば、すべてを忘れ、あんまりこせこせ考えすぎないで、やってみる事ではないか。
たとえ、家の中が火の車になっていても、そんな事なぞ人には見せず、出来ることなら、太っちょの葉巻のようなブリンプル、ニューヨークの空を飛ぶ小型飛行船のように、のんびり浮んでみたい。 そのうちには、いい事だって起ってくるさ。
あの、きりぎりすは鳴いているだけで、冬に向う何の仕度もしないと話に聞かされている。いいじゃないか、自分のやりたい事をやっているのだから。鳴けなくなってお金が残ったって、どうなるものじゃない。
ともあれ、このボロ船は、行先の事になると、何ともはっきりしないのだが、少しぐらいの嵐に出合っても、未だ座礁も沈没しないでいる。もともと、絵を描いたりしているのは、自分にないものを探そうとして、くり返している一つの精神的な作業のようなものではなかろうか。 人気のない暗いホームを荷物を満載した黒っぽい貨車の列が、重い音を立てて、走り去って行く。 街の道路を、キャタピラの地響きを立てながら、何台もの戦車が通りすぎて行く。二十代に聞いた音は、今、ニューヨークで耳にする工事現場の激しいドリルの音、長い鉄柱を打ち込む、圧さく空気、 ピストンの音と重って、体に伝ってくる事がある。
古川吉重「風まかせ(スケッチ風の自画像)」『裏窓ニューヨーク』(1986年)より一部抜粋
打ちっぱなしのンクリートや、部厚い鉄材などを触るように見、直立するように高く出来上ったビルの石やガラスの反応する街の中を歩いて、陽の光が、建物や道路の一部分にくっきりと深い影を 作ってしまうのを見て通る。
描いている時には、いつの間にか、これでもか、これでもかと、自分に向って叫んでいる事が多いように思う。何とかして強くありたいと言う事だけが念願のようでもある。