新年明けましておめでとうございます。この一年がみなさんにとって健やかなものとなることを祈りまして、今年最初の「所蔵品200選」はこの清々しい久留米絣から。
白、淡藍、中藍、濃藍とつづく藍染のグラデーションがたくみに活かされた、リズミカルなデザイン。ただ眺めているだけでとても気持ちのいい作品です。よく見ると柄の輪郭がまっすぐに揃っていないところからも分かるように、絣は布に柄を染めてできているのではなく、柄にあわせて糸を染め分けた後にその一本一本を下絵の通りに織りあげていくわけですから、完成までにはじつに大変な手間暇がかけられています。
しかしどことなく変わった柄です。いったい何を表しているのでしょうか。
作り手は松枝玉記(1905-89)。福岡県三潴郡大溝村(現・大木町)に生まれ、中学を卒業と同時に絣製造の道に入った玉記はとくに柄づくりに才能を発揮し、従来は庶民の日常着であった久留米絣をハレとしてのそれへと革新をもたらした一人です。ほとんど黒々とした濃藍に染め上げることを金科玉条としていた時代のなかで、淡藍や中藍を主体とした抒情的で詩情あふれるデザインをもたらし、玉記にしかつくりえない久留米絣を次々と世に送り出しました。
この作品は玉記74歳のときのもの。すでに代表作と言える作品を数々つくりあげ、その自由闊達な持ち味を存分に謳歌していた頃です。作品名は《水に潜る(くぐる)亀》。つまりこの着物には、水面と亀の模様が交互にあしらわているのです。
藍色を基調にした一筆書きのような大胆な水面と、白のなかに藍色が浮かび、さらにその中に白が浮かぶという入れ子構造となった緻密な、しかしどこかユーモラスで堂々とした亀。亀は長寿の象徴としてメジャーな吉兆文のひとつですが、この亀はなかでも縁起のよい蓑亀なのかもしれません。甲羅にたくさんの藻を生やしゆらゆらと泳ぐ亀を古来からそう呼び珍重してきましたが、玉記のこの亀も甲羅を表す格子模様のまわりにはまるで水の中をたなびく藻のような白い縦線模様がびっしり。縦絣による輪郭の曖昧さが藻のゆらめきまで表現しているとしたら、そのデザインセンスの高さには脱帽する他ありません。
藍の美しさと久留米絣の特質を見事に活かした伝統工芸作品でありながら、あれこれと想像する余地をたのしむことのできる優れたデザイン作品であるとも言えるでしょう。(竹口)
他館の展覧会情報
田川市美術館で1月7日から開催される福岡県立美術館所蔵品巡回展「移動美術館展」ではデザインをテーマに掲げ、当館の収蔵品の中から松枝玉記のこの作品をはじめとしたさまざまな工芸作品やデザイン作品を選び紹介しています。
福岡県立美術館所蔵品巡回展「移動美術館展」
”未来をデザインする美術館”
2014年1月7日(火)~2月9日(日)
田川市美術館
http://www.joho.tagawa.fukuoka.jp/bijyutu/
http://www.joho.tagawa.fukuoka.jp/bijyutu/bijyututenran/2013/page_205.html?pg=1