季節は初冬、枝に残された柿の実はごくわずかです。刈り取られた田圃や群れ飛ぶカラスが、寒々とした気分をいっそう高めます。
薄暗い木立の入口には鳥居が、その先に社殿が垣間見え、さらに画題の「かひこの森」から、本図は「蚕の社(かいこのやしろ)」の通称で知られる、京都・太秦(うずまさ)に古来鎮座する木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)の情景とわかります。
作者の冨田溪仙(とみた けいせん/1879-1936)は大正10年(1921)、大阪高島屋で「京洛四季二十題」と題した初個展を42歳で開催し、その出品作をまとめた画集も刊行しました。祇園や嵐山、清水寺など京都名所での春秋を彩る華麗な作品が並ぶ中、ひときわ静謐なたたずまいを有する本作も含まれています。
横幅70cm足らず、さほど大きくない掛軸ながら、ひとたび細部に目を凝らすと、絵の奥に潜む滋味ある世界が広がります。淡くもやのかかった空気の清浄感。墨に群青と緑青を交えた木々の玄妙なる描写。さらに社殿周囲には小鳥にも似た不思議な金色の形象が、神域を象徴するかのように飛び交い、厳かな気配を作り出しています。
日本美術院(院展)に出品された大作の魅力はもちろんですが、本図のような小幅の味わい深さも、溪仙芸術の真髄といって過言ではありません。(魚里)