山喜多二郎太「田を耕す」

山喜多二郎太「田を耕す」昭和35年(1960) 紙本墨画淡彩 79.2×100.0cm

濃淡を交えた墨線がにじみ、からみ合いながら山肌を構成し、単純化された牛や人は童画にも似た趣がうかがえます。墨の動きは自由自在、奔放な魅力に富んだ山喜多二郎太(やまきた じろうた/1897-1965)の水墨画です。
かつて美術評論家の河北倫明は、「洋画家としてのデッサンの素養と、感覚的な温和な持ち味を、すなおに墨の表現に盛り、個性的な簡略化をこころみているもので、東洋画の面白味を自由に新鮮に拡大しています」(『山喜多二郎太水墨画集』1961年)と、彼の水墨画を高く評価しました。

山喜多は福岡県鞍手郡(現・宮若市)生まれ。県立福岡工業学校(現・県立福岡工業高校)を卒業し、東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科に入学し、藤島武二教室に学びました。その後、帝展で特選を受け、日展評議員にも就任、洋画家として名実ともに認められながら、学生時代には日本画家の寺崎広業にも教えを受け、水墨画を長く描き続けた山喜多。55歳時に初めて水墨画の個展を開いて以降、ますます旺盛に制作に取り組み、水墨画集の編集を進めている時期に描かれた本作は、会心の1点といえます。その直後に脳腫瘍の大手術を受けましたが、2年の闘病期間を経て見事に復帰。
本作のような山と農耕、あるいは漁港風景など同一の画題を、油彩でも水墨でも自在に描き出し、「油墨一如」と称される画業を遺しました。(魚里)